敬老の日~世代をつなぐ橋のたもとで~
update:2023.09.20
9月18日は敬老の日でした。奄美の土地は元気にさせるパワーがあるのか
高齢者でも生き生きと生活をしている方が多いです
私事ですが祖母も100歳を迎えました
そこで祖母を通して昭和初期の奄美を振り返ってみます
祖母を通じて見えるのは、昭和初期、戦争渦巻く日々の奄美です
奄美市名瀬は米軍の空襲の標的となり、一帯は焼け野原と化していまい
防空壕に避難する前に爆撃に合い、心半ばに人生を終えた人もいました
祖母が住んでいたのは、龍郷町の赤尾木地区
この地区には無線塔が立っており、戦後も空襲の可能性が残っており
昼間は爆撃される可能性があるので、農作業は夜に行うのがほとんどでした
そんな厳しい環境で、祖母はある日、田植えに向かう途中でハブに噛まれてしまいましたが
近くにあった診療所で血清を打ってもらい、何とか一命を取り留めました
噛まれた影響で50歳まで足を引きずって生活することになりましたが
後に鹿児島から来た医者によって手術を受け、歩行がスムーズになりました
忘れてはいけないのは、今日の高齢者たちは「激動の昭和」を
死と隣り合わせで生き抜いてきた人々である、ということです
奄美の高齢者は数多くいますが、悲惨な戦争体験を考えると畏敬の念を抱きます
そして次世代にこの体験を伝える事は大事な事だと思いました
100歳になる方は、大正~昭和~平成~令和と四回の時代の転換期を向かえた事になります
戦争を体験した祖母にスマホを見せると『はげ~うとぅむらかん』とびっくり顔をしますが
スマホが便利な事も知っており、『それ、それで調べて』と孫を使って新しい事を体験します
過去の自分を振り返らず、新時代に合わせられる発想は強く逞しくもあり
長生きする秘訣でもあるのかなと思いました